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気付きの言葉COLUMM

極度の負けず嫌い

 最近、私は財布の中に一片の紙を入れ、絶えず持ち歩いている。自分への戒めのためだ。それはある本の切り抜きだ。コーチングの神様が教えるできる人の法則 (マーシャル・ゴールドスミス著、日本経済新聞出版社刊) である。著者はジャック・ウェルチをはじめとした数々の名経営者を教えたコーチングの大家だ。

 

 著者によると、リーダーには20の悪い癖があるという。その中でもっともよく見受けられるのが、表題の癖だそうだ。たんなる負けず嫌いと、何がなんでも勝とうとする「極度の負けず嫌い」とのあいだには、大きな違いがある。勝つことが重要なときとどうでもよいときがある。成功している人たちは、この境界をあまりにも頻繁に超えてしまうらしい。極度の負けず嫌いはいちばんの問題だ。というのもこの癖がすべてのほかの問題の下地になっているからだ。

 

 議論をしすぎるのは、他の人を自分の考えで説き伏せたいと思うからだ (つまり勝ちたいのだ)。他の人をけなす癖があるとしたら、こっそり他人を自分よりも下に置いておきたい願望があるからだ (これも勝とうということだ) 。人を無視するのも、これも勝とうとすることだ。他の人を自分の視界から消すことによって。情報を自分のところにとどめようとするのは、それで他人に有利に立つためだ。えこひいきをするのは、味方にひきずりこんで、「われわれ陣営」を強くするため、といった具合だ。

 

 まるで私のことを指摘されているようで、面白い。なるほどそれらの原因は全て極度の負けず嫌いからくるものなのかと納得がいく。私だけではないだろう。一代で成功してきた会社の社長は、多くの方が極度の負けず嫌いのように思う。本の中から具体例を見てみよう。

 

 あるとき友人の裏庭で開かれたパーティで、父親と9歳の息子がバスケットボールで遊んでいるのを見ていた。父親は息子よりも60センチ以上背が高く、体重は50キロ以上重く、30年の経験の差がある。彼はまた父親でもある。息子と楽しく過ごそう、そしてバスケットのコツをちょっと息子に教えようと思っていたのだろう。ゲームは楽しげに、なんということもなく始まった。「ボールをパスしろ」「もう一回やってごらん」などと言って息子を誘っていた。ところが10分も経ったころ、父親の「勝たねば」という虫がうごめきだし、スコアが重要であるかのようにプレーしはじめた。息子のそばにたってガードし、相手を扇動するような口をきき、11対2のスコアで勝ったことを喜んでいた。勝ちたい気持ちというのはこれほどまでに強いものなのだ。どうでもよいことで愛する者を傷つけることになっても、それでも勝ちたいと思うのだ。

 

 会社を事業承継しようとしたときに、同じことをしていないだろうか。息子の能力を伸ばす重要性は充分承知していながらも、息子に勝とう勝とうと極度に考えていないだろうか。今はこの9歳の息子と父親のように、競えば勝つことが分かり切っていることでも、勝ったことで喜びを感じていないだろうか。わざと少し負けてやり、上手に褒めてやれば、息子の大きな自信になることが分かり切っているようなことでも、勝とう勝とうと思い過ぎていないだろうか。

 

 もっとも、息子の方でも親に勝とうとし過ぎて親の言うことに聞く耳を持たない人もいる。

 

 著者は指摘する。もし勝とうとする欲望が成功のDNA―成功のいちばん大きな理由―の重要な部分を占めるのであれば、勝とうとしすぎるのは成功を制限してしまう遺伝子の誤った突然変異といえよう。逆説的に聞こえるかもしれないが、この「欠点」を理解し対人関係では抑えることによって、さらなる成功を収められる

 

 

 

 

税理士・中小企業診断士 安部 春之